宮城教育大学は2022(令和4)年3月26-29日、全国の津波災害等警戒地域の教職員を対象に、東日本大震災の知見を学ぶ「311被災地視察研修」を実施しました。

2019年4月に発足した「防災教育研修機構」(通称・311いのちを守る教育研修機構)の取り組みで、通算4回目になります。8月、3月の年2回定期企画ですが、19年度と20年度は新型コロナウイルス感染拡大を受けて8月のみになり、3月の実施は今回が初めてでした。参加者を絞った形で、コロナ禍対策として2週間前からの健康チェック、移動中・宿泊先の感染対策を徹底して実施しました。全国から小中高校の校長、副校長、教諭、市教委指導主事ら23人が参加し、予定通り3泊4日の日程で被災地を巡りました。

視察先、研修内容はこれまでとほぼ同じです。初日は春の嵐に見舞われましたが、その後はおおむね晴天に恵まれました。岩手県釜石市鵜住居地区、宮城県南三陸小戸倉地区、石巻市大川小震災遺構など被災した学校跡などを巡り、当時の校長や遺族らから話を聴き、ワークショップなどで学校現場の災害対応の教訓、「ともに生き抜く力」を育む教育の要点を共有しました。終了後のアンケートでは、全員が「期待以上だった」と答え、成果を所属先や地域に伝える役割を誓いました。

宮城教育大学は、東日本大震災の伝承と啓発による防災教育の発信強化を責務と捉えており、震災10年を経過した後の伝承を重視して被災地視察研修に取り組んでいます。コロナ禍の影響は続きますが、311被災地視察研修は今後も年2回、定期開催する方針です。ことし8月の定期研修は8月10日(水・祝日)-13日(土)、来年3月は下旬実施の予定です。開催が近づきましたらご案内します。多くの教職員の参加、派遣を期待しています。

【概要報告】

  • 日程

・2022(令和4年)3月26日(土)-29日(火) 3泊4日

・詳細日程は、2022年3月日程表の通り

・参加費等の案内文書は、20221.3月研修参加者・詳細案内の通り

  • 参加者概要

・熊本県1人、兵庫県3人、和歌山県1人、大阪府1人、奈良県1人、愛知県3人、三重県2人、東京都5人、神奈川県1人、茨城県1人、北海道4人の計23人

・小中高校の校長、副校長、教諭、市教委の指導主事ら

・ほかに同行取材としてCBCテレビ(名古屋市)

  • コロナ対策

コロナ禍対応・実施中止判断の通り

  • 同行取材で掲載された記事

・CBCテレビの放送はyoutube公開 https://youtu.be/AICMp3vGc3c

  • 主な視察地と寄せられた感想(視察順)

【気仙沼市】波路上・杉ノ下地区の慰霊碑、気仙沼向洋高校震災遺構・伝承館

 

・指定避難所に逃げ込んだ住民ら93人が犠牲になった現場を遺族の案内で視察

・校舎4階まで津波に襲われた旧高校校舎の遺構を語り部の案内で視察

「歴史的経緯を踏まえ地域と行政が合意の上で設けた避難所が機能しなかったことを隠さず、次の減災の糧とする誠実さに胸をうたれた。また現役高校生による伝承活動は次代に引き継ぐ可能性にあふれており、伝承と伝聞という問題の一つの解答を示しており、学校活動の参考になった」

「当時の高校の雰囲気がそのまま残っていたこと,そして高校生がガイドをしていることで次世代の役割が重要だと感じた」

「階上中の梶原くんの答辞の映像を初めて見て、心打たれた」

【釜石市鵜住居地区】いのちをつなぐ未来館、旧釜石東中・鵜住居小からの避難経路

・避難した住民160人近くが犠牲になった旧防災センター跡地の「未来館」と慰霊碑視察

・600人の児童生徒が無事に避難した避難経路を当時の2年生の語り部の案内で視察

・語り部と1時間半にわたり意見交換

「鵜住居防災センターでの出来事と釜石東中生と鵜住居小生の避難の一部始終が衝撃的であった。避難訓練の参加率や高齢者の負担を考慮しての避難場所の選定。現在も日本各地どこの地域でもあり得る事態だと思われる。この出来事を教訓とすべきである。避難中の小中学生の思考や行動に感心した。生きるための行動であったことが強く印象に残っている」

「実際にどんな状況で、何を考えて避難したのか、また中学生時代にどんな防災教育を受けていたのか、そのよさも含めて語っていただき、多くのメッセージを受け取ることができた。また、語り部に対する思いについても聞けて、次世代につなぐことの意味を考えさせられた」

【南三陸町】旧戸倉小学校・戸倉中学校

・児童90人が高台に避難して無事だった小学校の判断と経路を当時の校長の案内で視察

・1時間にわたり、意見交換

「管理職としての立場、日常の取組、危機管理意識、組織づくり等とても学びが多いものでした。大川小と戸倉小を一つとして考えることで大きな財産となると思います」

「たくさんの方の命を守ったといわれる場所でも後悔があることに気付かされました。麻生川さんの生々しい話を聞き、自分の学校に置き換えて考えることができました」

「まず衝撃だったのは22.6mの津波の高さだった。およそ7階建てのビルの高さほどの津波と考えると、想定することさえ不可能だ。高台から海を見下ろしても相当な高さだったが、そこも飲み込まれている。息が切れるほどの上り坂を必死に避難した人々は恐怖しか感じなかっただろうと思った。「津波は高台へ避難」ということを痛感した場所だった」

【石巻市】大川小震災遺構

・児童教員84人が犠牲になった学校跡地を、娘が犠牲になった元中学教師の案内で視察

・1時間半にわたり、意見交換

「ネット上であらゆる資料を見てはいたが、実際にその場に立ち、グラウンドに並んで座り、高台に登り、1時間近く外に座り、その場の地形や距離感、時間の流れ等を肌で感じることができた。これにより、幾ばかりか子どもたちの姿や気持ちを想像することができたように思う」

「遺構として残っているが、そこには確かに子ども達が過ごした過去があり、未来を拓く場所としての存在価値を感じた。 教師としてあの場所に立ち、当時の子どもや教員に思いをはせるべき場と感じた」

「防災の教育はハッピーエンドになるために行うことが印象的だった。前例踏襲の危険や危機管理意識、コミュニケーションや組織の大切さ、組織のハーモニーがとても重要であることがよく分かった。大川小と戸倉小がセットになって考えられることに大きな意味がある」

【石巻市】門脇小震災遺構

・当時の校長の案内で避難の様子を視察

・1時間にわたって意見交換

「鈴木校長先生の熱意伝わるお話が聞けた。日頃からの学級経営や指導が避難行動に活かされること。そして、それが子どもたちのいのちや地域の人々のいのちを守ることができることが伝わってきた」

「震災のことだけでなく,学級経営や教科指導など教員として大切なことを改めて教えていただいたと思う。若手教員に鈴木先生の話はきかせてあげたい」

「鈴木先生のような教員になりたい」

【東松島市】旧野蒜小跡地・高台移転先

・指定避難所の体育館で地域住民が多数犠牲になった小学校跡地を視察

・JR線路を移設して整備した高台移転先を視察

「野蒜地区のことはこの研修で初めて知った。資料を読めば読むほど、状況を聞けば聞くほど、当然、このようなことは、あの日、どこかでは起こっていただろうと想像はできるが、目の前で人が流される、助けられない状況は想像を絶する」

【宮城教育大学】震災時の避難所運営

・石巻西高校の元校長が避難所対応経験を元に避難所ワークショップの実際を講話

「当日の語り以上に事前に聞いていたラジオ番組の印象が強烈で、立ち現れる諸問題に次々と対処し、なお、爾後に改善点を冷静・客観的に述べていて、理想の管理職像をみた。防災教育に飛び回る積極性についても範としたい。全ての管理職及び管理職候補、やや尻の重めな現場教員に「傾聴」を義務づけて欲しいくらいだった」

「管理職として、避難所の開設等、地域との連携の重要さを学びました。「正解ではなく、成解をつくる」の言葉に共感しました」

 

  • 総括ワークショップの様子と事後寄せられたリポート(一部抜粋・構成)

■市教委指導主事

「たくさんの場所に行き、多くの異なった立場の方から話を聞くことで、東日本大震災と防災教育について多角的・多面的にみることができるようになりました。この研修でいくつもの大切なことがありましたが、まとめて考えると、「子供たちの未来を拓くために、正解ではなく、成解をつくる。~日常からの人間関係のハーモニーづくり~」ことであると思いました。今回の研修で共通して多かった言葉が、想定外でした。その想定外のことに対応するためには、一人一人の判断力と行動力であり、そのための判断材料、判断方法がいかに重要であるかが分かりました」

■小学校教諭

「被災地視察をして強く思ったのは、事前の体制づくりが必要であるということだ。津波被災区域外の本校区では被災者受け入れ地域としての役割があることも知った。その準備として自分たちにできることをイメージさせるため、今回の学びを教員へ報告し、学校と地域を協同の防災教育活動を行うことが大切だと思った。できることからやってみたいと思う」

■小学校校長

「現地の方々との語らいは、どんな資料でも叶わない大きな学びがあった。特に、学校現場の方々の実際の話については、たくさんの学びとともに、自分自身の人生観についても考える機会をいただいた」

■中学校教諭

「私自身も11年間,未災地として「命」を大切にする教育活動をしてきた。しかしながら,本質的な「命」として向き合ってきたかというと,向き合い方が,非常に抽象的で具体性のないものであったと痛感した。今回の研修視察によって,「命」への向き合い方や守り方を,遺構や語り部の方々,様々な情報などから,深めることができた。まず,平時にこそ,想定内と想定外を考えることである。本校の危機管理マニュアルの見直しは,4月に行っている。また,避難訓練は,感染症を理由に縮小して実施している。どちらも,形式や想定内にとらわれ,想定外に対応していない。研修視察後,早速,令和4年度の防災主任と話をした。理科教諭のため,地震や津波への理解が深く,防災への意識も高い。年度末に年間計画を立てたが,一部変更して,「想定外避難訓練」を実施する予定である。また,私自身の立場が変わり,危機管理マニュアルの見直しの担当は,別の職員が行うことになった。しかし,前任は私のため,新しい担当と協力して,随時の見直しと周知を図りたい。2点目は,ふだんからの教職員・生徒・保護者・地域との関わりの強化である。コロナ禍になり,人との関わりが希薄になってしまった。また,働き方改革で会議時間を短縮するなど,協議する時間も減ってきている。そして,ICT機器を駆使し,便宜を図った関わり方が増加した。ただ,人の考え方やその熱量は,直接,関わることで伝わると感じた。今回,現地の方々から話を聞き,ようやく自分事になった。これまでの報道や資料だけでは伝わらない思いを,直接感じ取ることができた。今後も信頼できる人を目指し,人との関わりと教育活動を展開していきたい」

■高校教諭

「初めての被災地訪問であった。11年経過した被災地を見ても、正直実感できないことは多い。住宅地が高台へ移動したことも、沿岸に盛土が積まれたことも、子どもたちがこの学校で生活していたことも、変化の様子が全くわからないからだ。しかし、足りない想像力を大いに補ってくれたのが、語り部さんの声と想いだった。足を動かして被災地を歩いて、体験談を聴いてイメージし、被災者に憑依し心を動かした。被災地のリアル、復興の困難、語り部の熱情。多くの未知に触れた4日間は、何事にも代えがたい充実感で満たされた。どの語り部さんからも共通して感じたことは「必ず子どもの命を守ってほしい」というシンプルな願いであった。私たち教員が常に考え続けなければならない課題である。命を守ることこそ防災。震災は恐ろしいが、命が守られた先には必ず明るい未来があるということ。防災教育の着地点は「ハッピーエンド」である。まずは家庭から、学校から、そして地域からその輪を拡大し、家族や仲間との豊かな暮らしを守るために、今後も啓発活動を絶えず続けていきたい。被災者の想いと教員の熱量がある限り、東日本大震災は防災教育と共に、これからも続いていく」