311被災地視察研修、通算9回目を実施しました/18都道府県34人と高知新聞同行記者1名が参加、東日本大震災の学校被災現場の知見と教訓を共有しました

宮城教育大学は2024(令和6)年8月7-10日、全国の津波災害等警戒地域の教職員を対象に、東日本大震災の知見を学ぶ「311被災地視察研修」を実施しました。

2019年4月に発足した「防災教育研修機構」(通称・311いのちを守る教育研修機構)の取り組みで、通算9回目になります。

全国から140件を超す応募・問い合わせがあり、地域バランス等を勘案して小中高校・特別支援校の校長、教頭、教諭ら18都道県34人の参加を決めました。猛暑のなか、期間中はおおむね晴天に恵まれ、予定通り3泊4日の日程で被災地を巡りました。

視察先、研修内容はこれまでとほぼ同じです。宮城県気仙沼市、岩手県釜石市鵜住居地区、宮城県南三陸町戸倉地区、石巻市大川小震災遺構、門脇小震災遺構など被災した学校跡などを巡り、当時の校長や遺族らから話を聴きました。

ワークショップなどで防災教育に取り組む姿勢、学校現場の災害対応の教訓、「ともに生き抜く力」を育む教育の要点を共有しました。終了後のアンケートでは、回答があった34人全員が「期待以上だった」と答え、成果を所属先や地域に伝える役割を誓いました。

宮城教育大学は、東日本大震災の伝承と啓発による防災教育の発信強化を責務と捉え、震災10年を経過した後の伝承を重視して被災地視察研修に取り組んでいます。2024年度の2回目は2025年2月21日(金)-24日(月・祝日)に実施します。開催が近づきましたらご案内します。多くの教職員の参加、派遣を期待しています。

【概要報告】

  • 日程

・2024(令和6年)8月7日(水)-10日(土) 3泊4日

・詳細日程は、別紙1の通り

・参加費等の案内文書は、別紙2の通り

  • 参加者概要

・沖縄県1人、熊本県2人、福岡県1人、山口県1人、愛媛県3人、高知県4人、徳島県1人、兵庫県3人、大阪府1人、三重県2人、愛知県4人、静岡県2人、神奈川県1人、東京都3人、埼玉県1人、千葉県1人、新潟県1人、北海道2人の計34人

・男性18人、女性16人

・小中高校や特別支援学校の校長、教頭、教諭、養護教諭、事務職員

・ほかに高知新聞の同行記者1人

  • 主な視察地と寄せられた感想(視察順、抜粋加筆整理)

【気仙沼市】波路上・杉ノ下地区の慰霊碑、気仙沼向洋高校震災遺構・伝承館

・指定避難先に逃げ込んだ住民ら93人が犠牲になった現場を遺族の案内で視察

・校舎4階まで津波に襲われた旧高校校舎の遺構を高校生語り部の案内で視察

「杉ノ下の出来事は、防災意識の高い地区住民であっても、市や地区の自治会で指定されている高台の避難場所に避難し被災してしまったことが衝撃的だった」

「在校の生徒が全員助かった向洋高校と、そこから目と鼻の先にありながらも多くの住民が命を落とした杉ノ下地区の存在は、とかく成功体験に目が向きがちな盲点を突いた情報でした。最初の視察先だったことから印象に強く残っています」

「遺構を案内してくれた高校生は、当時3歳、震災で幼馴染を亡くし、ご遺体が見つかっていないという現実から、語り部になろうと決心し、涙ながらに説明していた。語り部になるのは、重いものを抱えながら、勇気を持って前に出ていることがわかりました」

「若い世代が語り継いでいくことの大切さを感じました。知識として学ばなければならないこともあると思いますが、自分事として捉え、自分たちの言葉で伝えているのを感じました。育った街を大切に思っているのが伝わりました」

 

【釜石市鵜住居地区】いのちをつなぐ未来館、旧釜石東中・鵜住居小からの避難経路

・避難した住民160人近くが犠牲になった旧防災センター跡地の「未来館」と慰霊碑視察

・600人の児童生徒が無事に避難した避難経路を当時の2年生の語り部の案内で視察

・語り部と1時間にわたり意見交換

「奇跡ではない、という言葉が印象に残っています。避難訓練の大切さはもちろんのこと、自分で考えて判断し、命を守れる行動をとれる子どもを育てる重要性を強く感じた場所です。加えて、当時中2だった川崎杏樹さんの話だったからこそ胸を打つものがありました」

「普段から津波避難を想定していたために避難が迅速であったこと、避難場所で状況判断し、2次3次避難を続けたこと、学校・地域が一体となったことで避難できたことを知りました。一方で防災センターに避難したために犠牲となってしまった人の数も多く、想定外があることを意識した避難の必要性を感じました」

 

【南三陸町】旧戸倉小学校・戸倉中学校

・児童90人が高台に避難して無事だった小学校の判断と経路を当時の校長の案内で視察

・1時間にわたり、意見交換

「戸倉地区での避難経路追体験はこの研修ならではの体験です。暑い中、麻生川先生のお話も現地で聞くことができて土地勘、高さ、海からの距離、ぼんやりしていたものがはっきりしました。個人できてもイメージが難しい地区なのでこの研修の価値を高める場所です」

「中学校や高台に登り、津波の高さに恐怖を感じました。本当に甘く見ていました。今でも信じられません。歩かなければ、見なければ、一生感じることのなかった怖さだと思っています」

「部下を亡くした校長先生の反省と亡くなった職員のご遺族とずっとつながっている姿から、管理職として生徒・職員を守る責任と自覚を持てました。また、避難方法について職員の発言に耳を傾け、最終は校長が決断する重さを学びました」

「地震発生前の職員間での協議、地震発生時の行動、避難所までの経緯などを直接お聴きして、自分がいかに津波を甘く見すぎていたのかを痛感しました。麻生川先生のお話を聴き、すぐに緊急時持ち出し用バッグの見直しを行いました。また、心のケアについても多く教えていただき、養護教諭として自分に何ができるのかを深く考える時間となりました」

 

【石巻市】大川小震災遺構

・児童教員84人が犠牲になった学校跡地を、娘が犠牲になった元中学教師の案内で視察

・1時間半にわたり、意見交換

「形式主義から本質主義への転換を強く決意できた。書籍等で佐藤敏郎さんの事はある程度知識としてありましたが、本気の避難訓練、熱をもっているか、どんなに立派なマニュアルを作成したとしても伝える教師が熱をもっていないと子どもには伝わらない、失敗する(できる)想定外を盛り込んだ避難訓練、などなど、実際にお話を伺うなかで次の言葉が印象に残りました、」

「メディアでも取り上げられるほど有名で、知っていたつもりになっていた場所でも、実際に歩いてみて山や行き止まり地点までの距離感を感じたり、何よりも語り部の方の言葉ひとつひとつに思いがこもっていて、二度とこの悲劇を繰り返さないために何ができるのかを、考え続けなければいけないと強く感じた。また、全員の感想や質問に真摯に答えていただいている姿や、参加者の方々の想いを聞いたことで、よりその実感を持つことができた」

 

【石巻市】門脇小震災遺構

・当時の校長の案内で避難の様子を視察

・1時間にわたって意見交換

「朝会や集会時には素早く整列し静かに待つ、これは教師の指示を通りやすくするためです、しっかりとした授業ができなければ教師じゃありません。講師の鈴木洋子氏の話が印象に残りました。普段の地道な学校経営こそが子どもの命を救うことに直結することを改めて学べました」

「防災学習に直結した生活指導、避難訓練、失敗から学ぶ謙虚な姿勢等々、有事の際役立つ平時の教育の大切さを学びました。マニュアルの見直し、正しくも強いリーダーシップ、防災に直結した平時の生活指導について大変参考になりました。 鈴木洋子先生の特色ある語りも魅力的でした」

 

【宮城教育大学410教室】震災時の避難所運営

・石巻西高校の元校長が避難所対応経験を元に避難所運営の要点を講話

「研修中にさまざまな語り部の方の思いを聞き、さて、どう自分の学校に持ち帰ろうかと考え始めたところに、斎藤先生の具体的な方法をご教授いただいて、少し道が見えてきたなと感じた。知識だけでない、体験型の防災教育を少しでも実現するために購入させていただいた本や資料を読み込みたいです」

「今後、教育現場へ戻り実践していく中で、目指すべき姿を見ることができた。安全教育はその時行動できる子どもを育てることだと強く思った。安全教育は命の教育でもあり、キャリア教育、人権教育でもあり、思考力判断力表現力全てを網羅するものであることを理解した」

 

【仙台市】荒浜小震災遺構

・地域住民も含めて320人が屋上避難し命を守った学校を当時の校長の案内で視察

「他の場所もそうだが、災害危険区域とされた場所の広々とした風景が印象に残っている。津波がくるまでは日常があった場所が居住出来なくなってしまうという事実に寂しさを感じた」

「以前訪れた場所でしたが、以前は見ることができなかった校舎内や映像を見て、どれだけこの町がすてきで愛されているのか、「ありがとう荒浜小学校」の意味を深く知ることができました。また、慰霊塔に殉職された方々のたくさんのお名前を拝見し、胸がしめつけられました」

 

  • 総括ワークショップの様子と事後に寄せられたリポート(一部抜粋・構成)

■小学校養護教諭

正直、自分の勤める学校は市内の中でも防災教育が進んでいると感じていた。しかし、そう思っていた自分が甘かった。甘すぎた考えだった。今回の研修を通して、さまざまなお立場から多くの方のお話を聴くことができ、地震時の行動や状況を自分の目と足で感じたことで、これまで東日本大震災を知った気になっていた自分を反省した。研修を受けて、まずは緊急時持ち出し用バッグの見直しを行った。その中で、いくつかの問題に気づいた。たとえば、備蓄品である。保存飲料水は、児童一人あたり 500 ㎖ペットボトル一本であった。暑

い日が続く今、学校にいるときに大地震が起きたら、この飲料水だけで何時間もつのだろうか。災害時の命の守り方について養護教諭としての対策を考え、何が必要なのかを、校内や家庭、地域へ積極的に発信していきたい。宮城教育大学の武田先生をはじめ、震災を語ってくださった多くの方々、ご支援いただいた事務局の方や施設の方々、ともに学ばせていただいた全国の先生方への感謝の気持ちを忘れず、今回の研修で学んだことを、自校の職員や子どもたちだけでなく多くの方たちへ伝え続け広めていく。

■小学校教諭

研修に参加以前は、防災教育とは災害についての知識を教えることだと考えていた。今は知識や情報を収集し、実際にその時に成解を求めることができる力を子どもたちに体験学習を通してつけていくことと定義が変わった。そのために私ができることは、過去の経験から学び、常に正確な最新の知識へのアップデートを測り、日常的に「自分ごと」として災害についての備えを職員間で話せる関係づくりをしていきたい。また、学校としていますぐ「防災マニュアル」を、シンプルかつ丁寧になっているか、地域との連携はできているか、二次、三次、避難後の事を想定した動きになっているかという観点で見直していきたい。 4日間の研修で、震災についての学びだけでなく、教師としての在り方についても考えさせられた。忙しい業務に追われ、目の前の子どもを一番に考え切れていなかった自分への反省。日々の指導の大切さ。子ども達と楽しく学べることの意義。バイアスに囚われず柔軟に考えられる経験知を蓄えていこうとする姿勢。それらを意識して「本気」で物事に向き合える自分でいたいという覚悟をもたせてもらった。いま目の前にいる子ども達に今回の研修で学んだことを伝え、「未来を拓く」力を付けていけるようにしていきたい。

■高校教諭

旧釜石東中学校の生徒たちが生徒の判断で正し行動ができたのは、正しい防災教育が基礎にあったからだとわかりました。『楽しく、真剣に』さまざまなパターンの防災教育を行ってきたことを知り、決まった避難訓練以外にも生徒へのアプローチの方法はたくさんあると気づきました。学級活動や授業、さまざまな場面で、生徒が自分で正しい判断をし、自分の命を守る行動ができる力を身に着けられるアプローチをしていきたい。今回の研修を受けるまでは、知らない私が伝えられることは自分が当時感じたことだけだと思っていましたが、研修に参加し、語り部のみなさんのお話を聞いて、伝える「バトン」を渡していただいた感覚になりました。私自身が「本気で」伝えていくことが、東日本大震災を風化させないこと、多くの命を守ることにつながると強く思いました。

■中学校教諭

自分のこれまでの防災への認識、特に学校防災への認識の甘さを痛感した。語り部の方の話の中でマニュアルの話が何度か出てきたが、自分はマニュアルにどのようなことが書いてあるのか、災害が起こった時にどのように対応するのかを漠然としか理解していなかった。自校の防災訓練もまさに「訓練のための訓練」をしており、これでいいか、と考えることを放棄していた自分を恥じた。今のままの自分では、生徒を守ることはできないと思った。そのことに気付き、行動しなければと思えたことが、一番の学びであると感じる。まさに防災とは他人事ではなく自分事であるというのを、被災地を歩くことで、語り部の方の思いを聞くことでその思いを強くしていく4日間であったと思う。また、初日に武田先生の「今さら来て何になるのか」「震災に抱く後ろめたさ」という言葉を聞いて、今まで自分が感じていた東日本大震災への思いが言語化されて、はっとしたことも印象に残っている。13年経って、当時テレビで見た津波の跡はもうどこにも残っていない、むしろ綺麗な町並みが広がっていることに時の流れを感じたと共に、ぽつぽつと見える空き地、人がもう住めなくなった地域に広がるのどかな風景に、ここにも確かに生活があったのだ、それを忘れないで欲しいという佐藤先生の言葉が重なった。他にも学んだこと、感じたこと、知見を得たことは数多くあるが、まずは自分自身が経験知を蓄え、自分たちの学校の生徒達に還元することで、防災は未来を拓くすべての人たちのためにあるのだということを伝えられるようにしていきたい。

 

■特別支援学校副校長

研修を通して、今までの防災教育への受け止め方や指導が「子どもたちの命を守る」ことに直結していなかったのでは、と反省と見直す機会へとつながるよいきっかけとなった。自分自身の教育への思いを根本から振り返ることにもつながる非常に充実した研修となった。実際に被害を受けた地域の状況を目にしたこととそれを語り継いでいる方々の思いに触れて、自分が現在勤めている学校では何をしなければならないのか、何が重要になってくるのか、今後の指導のあり方、防災教育と命を守る視点等、本当に様々なことを学び考えることができた。特別支援教育における防災に関しては、その場では、十分な情報があったわけではないが、語り部の方々の話の中に多くのヒントがあり、さらに語り部の佐藤敏郎先生から後日、情報をいただくなどして非常に参考になった。現在、日常の指導場面や自立活動の時間においていかに防災教育のエッセンスを入れていくか、いかにその考えを全学部、全学年、全職員に広げていくかを考えている。

 

■小学校教頭

研修では2つの学びがあった。1つめは、語り部との避難経路の追体験で地域の地理(土地の高さ、見え方、距離感)を正確に知る重要性を学んだ。地域と連携しふるさとの強み、弱み、特色を知ることから学びが始まる。これを受けて生活・総合科やキャリア教育・行事等すべての教育活動と防災を関連付けるカリキュラムマネジメントを行い正解より成解をめざす探究的学びやプロジェクト型学習を推進する。2つめは、研修参加前、私は東日本大震災を惨事ととらえていた。しかし語り部たちは東日本大震災を希望の未来のために語っている。防災教育は人としての生き方、あり方に触れること、そしてハッピーエンドをイメージする希望の防災をめざすことと知った。悲しみ、怒り、うしろめたさ等語り部の背景は千差万別である。彼らの魂の一言一句を真摯に受け止め、311を風化させず防災の学びを創ることが教育の使命である。子どもは守られる存在から未来の社会を守る大人になる。学校をつくるのは子どもである。マニュアルや訓練の不断の見直しはもちろん平素から防災を中心に据えた子ども主役の学校をめざし未来を拓くことが学校管理職として私がやるべきことである。

 

■小学校校長

今回、参加できたことで、「何となくひっかかっていたような感覚」「後悔」少しだけ向き合えた感じがします。一方で、今後に向けて「ずっと携えていくテーマ」を得ることができとも感じます。「生死」という「生命」の分かれ道、そこに関わる本当にたくさんの人々、まさにそこで行われた「決断」「行動」、結果生まれる多様な結果。誰しも「生きたい」と願っていたはず。管理職として勤務することは、「生死」に直接関わる・・・これまでも、わかっていたつもりでしたが、本当に「つもり」でした。「生きる」確率が少しでも上げられるよう尽力していきます。私の勤務校は被差別部落を有する人権教育を大切にしている学校です。避難訓練がただ行われているだけでは、マニュアルに魂が込められていなければ、人権が大切にしているとは言えないと確信できる4日間となりました。まずは、自分自身の命を守ることと真摯に向き合い、思いを伝えるとともに、ひとりでも防災教育や被災地支援に向き合える人材を育成していきます。自宅は見事に周囲を山で囲まれています。また、その間をいくつかの川が流れています。この地では、津波を経験することはありません。しかし、「この山が崩れたら、この川が氾濫したら」というイメージは湧いてきます。四六時中、考えることはできませんが、「少しずつ」「時折」に、そしてずっと思いをはせていきます。

 

■中学校養護教諭

今回の視察研修に参加する前、私は避難訓練や防災教育、保健室での具体的な備え、災害発生時の対応方法、そして避難生活における学校の役割について学びたいと考えていました。研修を終えた今は、その具体的な知識を得たとともに「命を守る」という基本的な価値がしっかりと腹に落ちました。養護教諭としての責任を一層自覚し、何をすべきか、何をしたいかが明確になりました。何よりも印象に残ったのは講師の方々の熱意でした。震災当時、子どもだったり教員だったり、親だったり報道する側だったりと、様々な立場から語られる災害の教訓や未来を拓くための知恵には深い熱意が込められていました。その熱意は、二度と繰り返さないための使命感と、悲しみや悔しさ、さまざまな感情や災害と向き合った勇気のエネルギーでした。その熱に触れ、受け取った者として、私もまた他の人にこの熱を伝えていくことが研修に参加した意義だと感じています。見えないものを見ようとし、声なき声に耳を傾けた4日間でした。震災遺構を巡る中で、現在の景色とかけ離れた光景を想像し、失われた景色と人々の生活、いくら時間やお金をかけても戻らない命やコミュニティの尊さを感じました。今、未来を拓くためには自分に何ができるのかを考え、行動を始めています。

 

■小学校教頭

震災についての認識が大きく変わった。見上げた所にある津波到達地点の表示、はるか先に見える海の様子、大きく破壊された建物などを目にし、津波のエネルギー、破壊力、範囲の広大さを感じ、津波の恐ろしさを感じることができた。到底あらがうことなどできず、命を守るためには、まず何より津波から逃げることが大切なことがよく理解できた。また、多くの「救えたはずの命」に触れ、亡くなった方々の無念さ、残された者の悲しみや怒り、後悔や自責の念を考えると今も胸が苦しくなる。「二度と同じことを起こさない」ために自分ができることは、今回の研修で得たことを熱く語り継ぎ、防災教育を進めていくことである。本気の避難訓練、危機管理マニュアルの点検・改善、防災教育の進め方を教職員とともに考え、実際に行動に移していきたい。「尊厳ある生と死」のために、災害によって命を落とさない、落とさせない防災教育を進めていきたい。