命を救うための覚悟の決断、そして命の尊さ/被災地実情班が山元町を訪問

東日本大震災の被災地を訪れ、体験された方々から当時のようすや対応等を直接伺い、震災に正面から向き合い、考えを深める311ゼミナール「被災地実情班」が 12月14日(日)、県南の山元町にて調査活動を行いました。

午前は、震災遺構の中浜小学校を訪ねました。中浜小学校は海岸から約300mと海のすぐそばにあります。東日本大震災当時の在籍児童は59名、職員数は14名の学校でした。今回説明をしていただいた当時の校長 井上剛さんは、児童が二次避難場所となっている中学校へ逃げることは困難と判断し、屋上にある屋根裏倉庫に避難し、児童や職員、迎えに来た保護者、地域住民合わせて90名が命をつなぎました。校舎2階の天井まで何度も襲った津波は、学校周辺の民家や鉄道などを襲い、町内600名を超える犠牲者を出しました。津波到達予測時刻と中学校までの移動時間、そして予想される津波の高さと屋上までの高さを計算した結果の、ギリギリの判断だったことを実感できました。

午後は、はじめに当時常磐山元自動車学校があった場所に建立された慰霊碑で津波の犠牲となった方々のご冥福を祈りました。その後、自動車学校に通っていた長女薫さん(当時18歳)を亡くされた早坂ご夫妻からお話を伺いました。山元町の常磐山元自動車学校は、送迎のワゴン車など7台のうち5台が津波にのまれ、教習生25名と職員11名が犠牲となりました。防災無線が大津波警報を告げ、避難を呼びかけていたにもかかわらず、学校が送迎車を出発させたのは地震から40分余りたってから。しかも、車は避難ではなく通常の送迎ルートをたどり、大きな悲劇となりました。ゼミ生は、同年代だった薫さんを今の自分に重ねながら、早坂ご夫妻の心に寄り添ってお話を伺い、あらためて命の尊さを深く胸に刻みました。